実家へ帰らせて頂きます

夜行急行『八甲田』死の彷徨の巻…つづき。…段々遠のいて行く意識。立ったまま眠ろうとしているのだ。列車のドアは新幹線や特急などのそれと違い、隙間風が情け容赦なく入ってくる。しかも目に見える風。これは冷気だ。ドアに近い方の肩は段々白くなってくる。大袈裟だが、雪山で遭難とはこの様な状態を言うのではなかろうか…等とどこか頭の片隅でぼんやりと考えている。『おい、にいちゃん』。隣でやはり立って乗っている見知らぬオジサンが声をかける。『寝たら倒れるぞ』…あぁ、やっぱ雪山だ。『ありがとうございます』と答えたのが果たしてちゃんと音声として彼の耳に届いたのか、それとも単なる私のうわ言だったのか、風と車輪の軋みの音にかき消されてしまって誰にも判らない。いや、その周りにいる誰もが、もうどうでもよくなっていたのである。恐らく皆の頭の中には暖かい暖炉や食事が浮かんでは消えているのであろう。欧州の登山家の間では“サイレンの魔女”や“セントエルモスの火”より最も怖れられている『マッチ売りの少女』症候群だ。


2005年01月08日 09:56 カテゴリ:旧ブログエントリー
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